去る六月十六日、フジテレビの番組「とくダネ!」にて「日本と中国の国境を越えてつないだ命のバトン」(番組内での言葉)が放映された。しかし、その内容は、現在中国における「臓器売買」の危険性に触れないばかりか、その事実を事実上隠蔽しかねないものだった。

正論-2020年9月号:中国「臓器移植」が 美談?

 

 

 

 

 

中国「臓器移植」が 美談?

 

評論家 三浦小太郎

 

みうら・こたろう 昭和三十五年生まれ。著書に『ドストエフスキーの戦争論』(萬書房)『言視舎評伝選 渡辺京二』(言視舎)等。

 

 

 

 去る六月十六日、フジテレビの番組「とくダネ!」にて「日本と中国の国境を越えてつないだ命のバトン」(番組内での言葉)が放映された。しかし、その内容は、現在中国における「臓器売買」の危険性に触れないばかりか、その事実を事実上隠蔽しかねないものだった。
 同内容の新聞報道は中日新聞や 朝日新聞に見られたが、本稿ではまず、この番組の内容を簡単に紹介しておく。番組は中部国際空港に旅客機が到着したところから始まる。ナレーションが、この飛行機は、中国の武漢からやってきたチャーター便であること、この飛行機は二十四歳で、重病を患っている中国人女性を武漢に連れて行くために来たことを説明する。さらにナレーションは続く。
 「彼女がここにたどり着くまでには、懸命に命を守ってきた日本の医師たちの存在があった。新型コロナウイルス感染拡大に伴う混乱に翻弄されながらも、日本と中国の国境を越えてつないだ命のバトン。その軌跡を追った」
 この女性は二〇一七年十一月、中国から愛知県内の電子機器メーカーに技能実習生として来日したが、巨細胞性心筋炎という病に侵される。愛知県の藤田医科大学病院にて緊急手術が行われ、心臓を体外の補助人工心臓と四本の管でつなぐことで血液の循環を維持することになった。これで一時的に生命はとりとめたが「補助人工心臓はあくまでも一時しのぎ。この病気には心臓そのものを取り替える心臓移植が必要」である。「だが、日本ではドナーの数も少なく、外国人への移植の例がほとんどない」
 藤田医科大学病院の心臓血管外科、高味良行教授が番組で次のように語っている。
 「どうしても(彼女を中国に:三浦注)帰してあげたいということで、領事館に一筆書いて、領事がすごく迅速に動いてくださって、アプローチしたらそういうふうにレスポンスしてくださって、そこから歯車が。そして、中国南方航空も動いて」
 さらにナレーションが続く。
 「母国中国で心臓移植を受ける。中国ならすぐにドナーも見つかるはず。総領事館に掛け合い、武漢市にある心臓外科の先進医療で有名な病院の受け入れも決定し、あとは帰国の日を待つだけとなった」
 しかし、武漢市でコロナウイルス感染症が発生、彼女の帰国は不可能となった。その後、日本でも感染が拡大。藤田医科大学病院も新型コロナウイルスの感染者を多数受け入れることになった。院内感染を防ぎつつ治療を続ける医師たちと共に、彼女は約五カ月間、懸命に努力し、補助人工心臓をつけたまま短い距離だが連続して歩けるまでに回復した。今年四月、武漢市が都市封鎖を解除、日本側は今こそ彼女を中国に帰国させて心臓移植を実現するため再度中国側と交渉。六月十二日、中国側はチャーター便を飛ばし、彼女は中国に旅立つ。その後、無事武漢に到着した彼女の喜びにあふれた映像が映される。
 この一連の過程を取材してきたという医療ジャーナリスト、伊藤隼しゅんや也氏が番組に登場し、まず、日本の医療現場がいかに努力してきたかが語られる。

小倉智昭アナ 「日本国内においては、日本人でも臓器移植はまだハードルが高いのですが、それが日本にいる外国人が臓器移植ということになると、現状としては、隼也さん、どうなんですか」

伊藤隼也 「ほとんど不可能に近いと思います。実際、過去に数例だけあるのですが、日本の健康保険を持っている患者さんはできるんですが、実際問題、日本の臓器移植の待機者はいま一万四千人以上いるんですね。実際、そのうちの二%ぐらいの方が平均三年一カ月近くお待ちになっているということで、心臓移植だけではなくて、今回補助循環装置を使いましたよね。これは二個つけているケースはきわめて珍しくて、僕は一個だけしかつけていない方の外出のお手伝いなんてことも過去にやったことがあるんですけど、これ、本当に僕、自分自身でもびっくりして、やはりそういう現場の中でもほぼ奇跡に近いことではないかなと思って喜んでいます」

 ここから、番組は中国における心臓移植手術の問題に入っていく。
 
 カズレーザー氏の質問
 
小倉 「彼女を武漢に送り届けたということは、中国武漢のほうが移植手術がやりやすいということなんですか」

伊藤 「やはり武漢は非常に移植の待機時間が短いんですね。それで、日本と違って数カ月待てば、残念ながら日本と違うという点はあるんですが、移植ができるという現実があります」

 ここで、彼女を中国で診察している胡健行医師からの「中国での心臓移植待機期間は平均一カ月から二カ月。コロナの影響はあるかもしれませんけれども、血液型などから見ると早く見つかるのでは」という言葉が紹介される。それを受けて伊藤氏は次のように語っている。

伊藤 「そうですね。本当に日本でもまだまだいろいろな取り組みが必要だと思っているのですが、実際問題、中国と比べると日本はそこに関しては残念ですが、いわゆる十分ではない環境ですね、本当に」

 ここで、スペシャルキャスターであるカズレーザー氏が、この番組で最も本質的な疑問を呈した。

カズレーザー 「いや、もともと心臓病に罹患する方の割合というのはあまり変わらないと思うんですけど、そこまでドナーの数に差がある根本的な理由はなんなんでしょうかね?」
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 これに対して、伊藤氏は次のように答えている。

伊藤 「やはり日本と制度が違うとか人口がすごく多いとか、さまざまな理由があるのですが、やはり移植に対する国の考え方そのものとか国民のいろいろな考え方が違うので、これは一概に比較はできないので、僕はこの日本の補助人工技術、これは藤田医科大学はすごいと思うんですよね。二個つけた人がこれだけ自由に動き回るというケースは本当に僕自身は驚きました」

 以上が番組内容の報告である。長文の引用となったのは、番組の作り方を理解していただきたかったからだ。前半では、藤田医科大学病院と医師たちが、この中国人女性の命を救うために奮闘する様が描かれ、心臓血管医学の進歩、人工心臓の発展などの医療技術が伝えられる。そして後半では、中国においては移植手術が日本に比して容易に行われ、この女性が助かるであろうことを暗示される。
 ここで完全に抜け落ちているのは、中国において、なぜ「非常に移植の待機時間が短い」かの具体的な説明である。これについては様々な報告があるが、最近の情報からいくつかを紹介しておく。

 二〇一九年六月にロンドンで開催された「中国・民衆法廷」の報告書によれば、中国における臓器移植件数は公式のドナー数をはるかに上回っており、超過分は中国国内で非合法化されている「良心の囚人」たちからの「強制臓器収奪(臓器狩り)」によるという。敢えて言ってしまえば、囚人たちが事実上臓器の予備軍として、本人の意思とはかかわりなく臓器移植のドナーとされているのだ。
 この民衆法廷の判事団議長は、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷でミロシェヴィッチの検察チームを率いたジェフリー・ナイス卿、法廷顧問にはイラン・イスラム共和国による政治犯虐殺の調査報告官を務めたハミット・ザビ氏が務めた。二〇一九年九月にザビ氏は国連人権理事会でもこの内容を報告。イギリス、オーストラリア、カナダでもこの報告は国会などで議論され、日本でも山田宏参議院議員が十一月に外交防衛委員会でこの問題を提起している。
 そして、日本の裁判所でも、事実上中国における臓器移植を問題とする判決が出ている。二〇一八年十二月、中国で腎移植を受けた男性が、帰国後に国内の病院で継続診療を拒否されたことを、医師法違反に当たると同病院を訴えたことに対し、静岡地裁は原告の訴えを退ける判決を下した。原告の男性は二〇一五年一月、中国に渡航し腎臓の移植手術を受けているが、二月に帰国後、東京の病院に入院、そこで作成された紹介状を持って浜松医科大学病院を受診したが、同病院は「中国で臓器売買が絡む腎移植をした者に対しては診療・診察を行わない」という病院内の決定により診療ができないことを男性に告げた。
 病院側は、正規の医療体制でこの移植が行われたとは判断しにくいこと、腎移植は国内ならば費用は百万円だが、この男性は中国での移植手術をコーディネートするNPO法人に千七百九十万円を支払っていることなどから、これは高額の対価による臓器売買の危険性があるとみなし、判決もほぼ病院側の言い分を認めたのだ。
 フジテレビが、以上のような記事や判決を一切知らなかったとすれば、それはメディアとしての怠慢である。少なくとも数カ月にわたる取材、医師や患者への撮影、編集、番組作りの過程で、中国における臓器移植の問題点をチェックする時間は充分あったはずだ。
 そして、先に引用したカズレーザー氏の、なぜ中国では簡単に移植臓器が見つかるのかという的確な質問に対し、伊藤氏の返答はどう読んでも答えになっていない。「(中国の)人口が多い」ことは移植ドナーの数と必ずしも正比例するものではないし「移植に対する国の考え方そのものとか国民のいろいろな考え方が違う」と言うのはほとんど意味不明の説明である。そして、カズレーザー氏の疑問には全く答えることなく、いきなり「僕はこの日本の補助人工技術、これは藤田医科大学はすごいと思う」と話題をずらしてゆく。

 番組の中で伊藤氏は「日本の臓器移植の待機者はいま一万四千人以上」「そのうちの二%ぐらいの方が平均三年一カ月近く」待たされていると発言している。フジテレビに対話を求めるSMGネットワーク(中国における臓器移植を考える会)によれば、フジテレビは放送された番組について事実関係において誤りや捏造はなく、解釈の問題と答えているが、中国では極めて迅速に移植が可能であるという報道がなされることが、どのような誤解をもたらしかねないのかを、伊藤氏もフジテレビも、そして移植の現場にいるはずの藤田医科大学病院も配慮しなかったのだろうか。
 なお、これは番組後に出た記事だが、七月四日のAFP記事「中国、臓器提供の規則改正を検討 死刑囚からの摘出やめドナー不足に」がある。この記事によれば中国政府自身が「死刑囚からの臓器摘出を五年前に中止」したこと、現在「違法な臓器売買に歯止めをかけるため」とし、「臓器摘出を目的とした児童の人身売買を根絶する」ため「未成年者を生体ドナーにすることを違法」としたという。語るに落ちる、とはこのことである。五年前までは堂々と死刑囚(罪なき政治犯を含む)の臓器が摘出され、人身売買による児童の臓器売買が今現在も行われていると中国政府は認めたに等しい。
 背後にある人権問題や臓器売買を看過し、一人の患者をめぐる美談として中国での移植を描くのは、ジャーナリズムではなく、現実を定型的な物語に沿って口当たりよく描いていく「エンターテイメント番組」である。日本のメディアの大きな問題点の一つは、ニュースやジャーナリズムと「エンターテイメント」「ストーリー」とが混同され、そこに「専門家」と称する人たちが物語づくりの一環として加担させられていることである。

何が語られているかが重要

 日本のメディアの問題点として、その内容が事実かどうかよりも、「誰が語っているか」が一つの判断基準となってしまうことがある。これも、現在ネットなどで話題になっている番組なのだが、七月六日のテレビ朝日にて、小松靖アナウンサーが、激しい弾圧が続くウイグル問題について語った発言がある。
 「我々メディアも非常に扱いにくい問題なんですよね、ウイグル問題って。中国当局のチェックも入りますし、我々報道機関でウイグル自治区のニュースを扱うのはこれまで、ややタブーとされてきた部分があって。去年、共産党の内部告発の文書が出て、ニューヨーク・タイムズが報じて、西側のメディアが報じて、我々が報じやすい素地ができた」
 この発言からは「中国当局のチェック」という言葉が注目され、テレビ朝日が中国の事実上の検閲下にあるかのようにネットで語られた。しかし、ここで小松アナが言いたかったことは、ウイグル問題について報じると激しい抗議や圧力が中国政府からかかり、ある種の自主規制が生まれていた、ということだろう。実際、そのような声は他のジャーナリストからも聞いたことがある。
 私にとってさらに重要と思われるのは、二〇一八年十一月、文春オンラインに掲載されたジャーナリストの安田峰俊氏の記事「日本で『ウイグル問題を報じづらい』三つの深刻な理由」の次のような文章である。
 「日本でのウイグル人の民族運動の多くは、二〇〇八年の発足当初から『反中国』を理由に右翼・保守勢力と共闘する形を取っている。こうした団体に関係している在日ウイグル人活動家には、日本人支援者への忖度もあるのか、ウイグル情勢について過剰に話を演出したり、日本国内の特定の政治思想におもねるような言説を繰り返す例も少なくない」
 「過激な右翼色や新宗教色が強い勢力がバックに控え、ウイグル人活動家自身も支持者の政治的主張をコピーした言動を繰り返したり、新宗教団体の広告塔に使われたりしているとなると、報道が極端なイデオロギーや新宗教思想の宣伝につながることを懸念する一般メディアや記者が取材を手控えるのも納得できる話ではある」
 私はこのウイグル運動批判に対し、事実関係において安田氏と議論をするつもりはない。だが、ここには、現実の人権弾圧を無視する時にしばしば使われる党派性の論理が典型的に表れているように思う。先述した中国の臓器売買について、過去も、そして現在においても、マスコミの報道が極めて少なく、その認知度が低いことは事実である(それが「とくダネ!」の報道内容にもつながっているのだろう)。その理由の一つに、犠牲者、証言者の多くが法輪功修練者とみなされ、彼らに対する先入観や疑念から、報道がためらわれたことがあるはずだ。また、個人的にウイグル人やチベット人からも、法輪功が彼ら民族の独立運動に対し言及が少ないことを批判する声を聞いたこともある。だが、その発想が、法輪功をカルト・反社会的存在とみなし、弾圧を正当化している中国政府と変わらない姿勢ではないか。少なくとも、現実に暴力的活動や非合法活動をしているわけでもない団体に対し、彼らに加えられている弾圧や国家犯罪に抗議し、彼らの証言に耳を傾けることは当然のことだろう。法輪功への弾圧に抗議することと、彼らの思想に同意することとは全く別のことなのだ。
 小松アナウンサーが言っているのは、アメリカのマスメディアが報道し、中国内部からの告発が起きることで、初めてウイグル問題を報道できるようになったという、正直情けない日本のメディアの現状である。本来、アジア、特に中国や朝鮮半島など隣国の問題は、日本が欧米に先駆けて報道すべきはずなのに、独力での取材ルートを持たず、日本で生活するウイグル人や彼らを支援する人々との交流も充分ではなかったことは、メディアの怠慢と言われても仕方があるまい。そしてここに、安田氏の語るような政治的問題が絡んでゆく。支援者、いや、人権弾圧の被害者という当事者であれ、彼らの政治的姿勢によって取材対象となるか否かが選別されてしまうのだ。
 北朝鮮をめぐる問題では、一九七〇年代から、在日朝鮮人帰国者と結婚した日本人女性、いわゆる日本人妻が北の地で飢餓と抑圧に苦しんでいる現状は、本人たちの手紙や、支援団体を通じて一定程度日本に伝わっていた。しかし、その事実や支援運動が大手マスコミで報じられることは当時は極めて少なかったし、むしろ日本人妻救援運動は、反共運動として否定的に紹介される傾向すらあった。しかし、日本人妻の苦境や、朝鮮総連の犯罪性に対する支援団体の報告や分析は、ほぼ正しいものだったことは今となれば明らかである。ウイグル運動家に、仮に安田氏の言うような否定的な面や誤解を招きかねない面があったとしてそれによってそれが、弾圧を看過し、彼らの証言を「報じづらく」させてしまえば、ジャーナリズムは弾圧の共犯者となってしまうだろう。
 今必要なのは、「誰が語っているか」ではなく「何が語られているか」が重要だという当たり前の原点であり、同時に、自らの政治姿勢によって証言の内容は左右されてはならないという中立性である。人は常に偏見や党派性を持つものであり、そこから常に自由であろうという意識なくして、この原点も中立性も守り抜けるものではない。

 

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関連サイト

【SMG】2020年7月8日 フジテレビ『とくダネ!』 中国臓器移植報道を受け、緊急集会のご報告

【SMGnetwork】10日間で4つも提供された心臓 名古屋実習生の武漢での移植手術【大紀元】

【EPOCH TIMES】ウイグル会議代表「身体検査を受けた人はもう2度と戻ってこない」中国臓器狩り民衆法廷

【ETAC】中国での臓器移植濫用停止 ETAC国際ネットワーク(民衆法廷について)

【CHINA TRIBUNAL】中国の良心の囚人からの強制臓器収奪に関する民衆法廷の公式サイト(英語)