2021年6月号 月刊Will「ウイグル人医師の証言」”肝臓と腎臓二つを大至急取り出せ“(野村旗守)

2021年6月号 月刊Will「ウイグル人医師の証言」”肝臓と腎臓二つを大至急取り出せ“

 

野村旗守

一九六三年生まれ。立教大学卒。外国人向け雑誌編集者などを経てフリーに。主著に『中国は崩壊しない─「毛沢東」が生きている限り』(文藝春秋)、『北朝鮮 送金疑惑』(文春文庫)、『Z( 革マル派) の研究』(月曜評論社)、編著書に『わが朝鮮総連の罪と罰』(文春文庫)、『北朝鮮利権の真相』『沖縄ダークサイド』『男女平等バカ』(以上、宝島社)など多数。

 

今や臓器狩り犯罪は、”一兆円産業ともいわれる”ビジネスに成長した
 

ムスリムの為の火葬場

 

 3月30日に参議院議員会館で行われたSMGネットワーク(中国における臓器移植を考える会)設立3周年記念イベントに出席した日本ウイグル協会理事・アフメッド・レテプ氏は、現在ウイグル民族が置かれている状況をこんな風に述べた。
「最近になってようやく日本の国会やメディアもウイグル問題に関心を持ち始めてくれたが、ここまで来るには長い道のりがあった。中国共産党のウイグル迫害に関して強制収容所の実態が伝えられるようになり関心が高まった。もう一つ、ウイグル人が被害に遭っている臓器狩り問題の実態も広く世に知られなければならないが、この問題は闇のなかの更に闇に隠された部分です」
 直接証拠がなかなか出てこないから表面化しにくいと言う。しかし、状況証拠ならいくらでもある。例えば、現在ではウイグル自治区五〇〇箇所近く存在するという強制収容所(人権団体・東トルキスタン国民覚醒運動調べ)付近には大抵大規模な火葬場が設けられている。
「これは収容所内で亡くなった人々を葬るための施設だが、我々ムスリムには火葬の習慣はない。遺体を家族の元に返さず、しかもイスラームの教義に反して遺体を焼却するのは、遺体に残った臓器狩りの手術跡を見られたくないため、即ち、証拠隠滅の為だと考えられる」
 国外での渡航移植を制限することを表明したイスタンブール宣言以降も、中国に渡航移植へ向かう外国からの患者は後をたたないが、特にウイグル人の臓器を指定するのはイスラーム圏から来た患者である。
「数年前より臓器移植の為に中国へ渡航する中東の富裕層が増えているといいます。豚肉を食べないウイグル人の臓器はハラール臓器としてムスリムの金持ちのあいだで珍重されている。3年ほど前、ウイグル自治区内のカシュガルの空港には『臓器専用通路』と書かれた標識が現れて人々を驚かせました。また、ハラール臓器を専門に扱う病院の話も聞こえてきています」
 五〇〇近い強制収容所に監禁されているウイグル人はおよそ一〇〇万人から三〇〇万人まで伝えられているが、そこから中国各地に点在する労働教化所へ数百人単位で移送されてゆく場合がある。
「移送された後、そのまま消息不明になるケースが多い。しかも、移送される先は人民解放軍の関連病院がある場合がほとんどです。ここでもやはり強制臓器提出が行われている疑念を抱かざるを得ない」

 

「銃声が命令だ」った

 

 中国共産党主導による国家ぐるみの強制臓器収奪とその売買――いわゆる臓器狩り犯罪は、九〇年代のウイグルで始まったと看做される。当時の状況に関しては、英国在住のウイグル人元医師、エンバー・トフティ氏が実体験を元に克明に証言している(「メガサイズの人体実験場~ウイグルでの個人的な体験からの考察」野村旗守編・SMGネットワーク監修『中国臓器移植の真実』(集広社)所収)。
 一九九〇年、ウイグル自治区の首都・ウルムチの鉄道局中央病院に勤務していたトフティ氏は、ウイグル語を話す数少ない医師として住民の信頼を得ていた。その彼の元へ、一〇代の息子を連れた父親がやって来て、「臓器がなくなっていないか調べてほしい」と言う。余りに突飛な依頼だったので不審に思い、「なぜそんな検査が必要なのか」と問い返したところ、父親の答えはこうだった。
「ここ数ヵ月、村から突然若者がいなくなり、見つかったと思ったら臓器が盗まれていたという事件が頻繁に起こっている。息子は三ヵ月前に日曜市場で行方不明になった。ようやく先週帰宅したが、やはり臓器を盗られたのではないかと心配している」
 その少年は幸い何事もなかったが、トフティ氏はその後およそ半年のあいだに腹部に大きなU字型の傷跡を持った少年を三人も確認した。腎臓外科手術特有の傷跡だった。
 それから五年後の九五年夏のある日、彼は二人の上司に突然呼び出される。
「明日の朝九時半に病院の正門に来てくれ。そこに車が待っている。その際、助手二人と看護婦二人、それから麻酔科医も連れてこい。それから手術器具もひと揃い用意しろ」
 翌朝、命じられた通りに門前に出向くと、簡易ベッドを載せたライトバンが止まっていた。ほどなく上司二人も自家用車で現れ、「後に従いてこい」と言う。長い距離を走った先は、「西山処刑場」として知られる射撃場だった。「ここで待て。銃声が聴こえたら出てこい」と上司は命じた。トフティ氏は黙って頷いた。上司の命令には反問せず、ただ従うよう訓練を受けていた。昔観た映画のなかの「銃声が命令だ」というセリフがふと脳裏に甦った。 
 音のした方へ近づくと、沢山の死体がならんでいた。一様に坊主刈りで囚人服を着ていた。指定された一体は三〇代の男性で、囚人服ではなく普段着姿だった。銃弾は右胸部に撃ち込まれていた。
「肝臓と腎臓二つを大至急取り出せ。急げ」 彼らは命ぜられるままに実行した。
 腹部の皮膚にメスが入った時、血が吹き出した。心臓がまだ鼓動している証拠だ。メスを握った手が思わず止まったが、命令は止まなかった。「急げ!」
 三~四〇分ほどして肝臓と腎臓を摘出すると、「もう帰ってよい」と上司は言い、トフティ氏らはようやく解放された。その際、「今日あったことは誰にも言わないように」――そう厳命するのも忘れなかった。

 

流れを変えたBBCウイグル報道

 

このようにトフティ氏が現役医師であった九〇年代のウイグル自治区が、国家犯罪としての中国移植産業の黎明期であり、発祥の地であったと考えられる。当時、ウイグル人からの強制臓器摘出は厳重に秘匿に伏されていた。
 しかし、二〇〇〇年を前後して中国共産党はウイグル人よりさらに御しやすい格好の標的を発見する。この当時中国本土で爆発的に広がっていた法輪功の信者である。この当時法輪功を学ぶ者は七〇〇〇万人を超え、当時七四〇〇万人と言われた共産党を凌駕する勢いを見せた。共産党が公然と法輪功弾圧に乗り出したのは、九九年。転機となったのは四月にあった中南海事件だった。
 九九年四月、天津で起きた法輪功信者の不当拘束事件に抗議する法輪功のメンバーおよそ一万人が中南海に押し寄せ、無言の抗議行動を起こした。これを驚異と感じた当時の最高指導者・江沢民は同年七月に法輪功の掃討を宣言する。
 その後も波状的に陳情に赴いた信者たちはつぎつぎと官憲に捕らわれ、ウイグル人同様、少なくない数が中国各地に点在する再教育施設、即ち、労働教化所とも労働改造所とも呼ばれる強制収容所に送り込まれた。正確な統計はないが、法輪功側はその数を「少なくとも数十万人」と見積もっている。そしてこの翌年から中国の移植産業が急拡大していったのである。
 それから二〇年近くが経過した。
 中国臓器狩り問題追及の急先鋒であるデービッド・マタス(カナダの人権弁護士)、デービッド・キルガー(カナダの元閣僚で弁護士)、イーサン・ガッドマン(ロンドン在住の米国人ジャーナリスト)三氏による一〇年以上に及ぶ追跡調査によれば、中国における移植手術は年平均六万~一〇万件。臓器狩り犯罪は「一兆円産業」とも言われる巨大ビジネスに成長した。臓器は海外にも「輸出」され、当然のことながら需要に供給が追いつかなくなる。「産業」の従事者たちがふたたび目を向けたのがウイグルだったというわけだ。 
 しかし現在のウイグルは三〇年前とは違う。情報技術と通信機器の発達により自治区における中国共産党の苛烈な人権弾圧が白日のもとに晒されようとしている。特に世界中から非難の目が集中したのは、冒頭のレテプ氏の証言にもあった強制収容所の惨状である。ごく表面的とはいえ、画像も含めて強制収容所の反人道的な内情がSNSを通じて世界に流れ、その惨状が伝えられ始めた。
 今年2月、BBCは自地区内の強制収容所から生還した複数の女性たちの実名報道に成功した。素面(すめん)でインタビュー取材に応じた彼女たちが赤裸々に語った集団レイプに始まる数々の拷問の実態は、観るものに衝撃を与えずにはいられなかった。
 罪もないウイグル女性たちに襲いかかるのは、官憲による組織的な性的暴行と各種の拷問、過酷極まる強制労働、果ては民族浄化につながる強制不妊手術や薬物投与……等々である。
放送直後から、中国の人権状況を非難する世論が英語圏で格段に高まった。BBCを擁する英国はこれを受けて今年三月二二日、米国、カナダ、EUとともに中国の当局と当局者に対する制裁措置を発表し、二六日には逆に、中国外務省が「ウイグル自治区に関してデマ情報を拡散させた」として英国の四団体と九人の個人を制裁対象に指定した。四団体のなかには保守党人権委員会が、九個人のなかには保守党元党首のイアン・ダンカンスミス氏が含まれ、中国の人権問題を国際的な民主国家の連携で制御してゆこうというIPAC(対中政策に関する列国議会連盟)の呼びかけ人であり議長として運営を主導するダンカンスミス氏に対する牽制の意味も多分にあったと思われる。

 

収容所内の執拗な身体検査

 

 英国といえば、二〇一八年から二〇一九年にかけて中国の臓器狩り問題に関する民衆法廷(ジェフリー・ナイス卿議長)がロンドンで開かれ、ウイグルの強制収容所から命からがら脱出した一人のカザフスタン人女性が証言者として出席した。
 グルバハール・ジェリロバさんは一九六四年生まれのカザフ人。中国製の衣料品をウイグルから輸入する仕事に二〇年ほど従事していた。二〇一七年五月、海外の反中勢力の伝達員であると疑われたジェリロバさんは中国当局の罠に嵌り、誘き出された先のウルムチ市内のホテルで三人の警官に身柄を拘束された。そして、「トルコの特殊機関に送金したはずだ」と執拗に責め立てたられた。ジェリロバさんが頑として認めずにいると、黄色い囚人服に着替えさせられ、ウルムチ郊外の刑務所に連行された。
 到着後、ジェリロバさんは裸にされて採血と採尿をされた後、監房に押し込まれた。囚人の九〇%はウイグル人、残り一〇%がキルギスやカザフのようなイスラム系少数民族であったという。刑務所への移動中に採血等の身体検査を受けたという証言は他にも多々あることから、これがウイグル人他の囚人に対する処遇の通常手続きであることがわかる。「監房のなかは、とにかく狭くて汚い。三〇人いた被収容者は一四歳から八〇歳までの女性でした。夜は、全員が同時に寝るスペースがないので、二時間ずつ交代で寝ました。そして、石のように硬いパンと片栗粉を水で溶いたスープ……人間の食事ではありません。シャワーは週に一度だけ。二人ずつ一緒に浴びるよう指示されました。虱が湧いて、強制的に頭を剃られました。……」
 劣悪な環境のなかで執拗に繰り返されるのは、やはり身体検査だった。
「月に最低一回、三-四台のバスが来て特別な病院に連れていかれた。超音波スキャンを三回、レントゲンで肺も調べられた。そして毎週、誰かが黒い頭巾を被せられ、どこかへ連れていかれました。……」
 これらの証言から連想されるのは当然のことながら、囚われたウイグル人他がドナー予備軍として厳重に管理され、適合情報の収集の為に綿密な検査を受けさせられていたという事実である。しかし、当局が彼女たちに課したのは検査ばかりではなかった。
「週に一日、薬を飲まされた。スピーカーで呼び出され、毎回三粒の錠剤を渡された。さらに一〇日に一度、注射も受けました。薬を飲むと、頭は混乱し、集中力を失い、気持ちが落ち込みました。家族のことすら考えられなくなるくらいです。生理も止まった。…」 他の経験者の証言と併せて考えると、彼女らが飲まされていた薬は強制不妊の為のものだったのではないかと推測されるが、彼女の年齢を考えると単に反抗精神を奪うためのものであったのかもしれない……。
 これらの証言を踏まえ、英・民衆法廷は中国の臓器狩り犯罪に関し、「有罪」判決をくだした。

 

失踪する子供たち

 

 そして、ウイグル自治区での臓器狩り被害は児童にまで及んでいる。
 冒頭の参院会館での講話で、日本ウイグル協会理事のレテプ氏は、通学途中の児童が拐われ臓器を抜かれた遺体となって発見された最近の事例を紹介した。
「ついひと月ほど前、ウイグル自治区のクルジャという町で、小学校から下校途中の一三歳の男の子が突然行方不明になった。そして数日後、畑のなかで死体となって発見されたのですが、その遺体には臓器を抉り出された跡があったということです。このニュースはSNSで世界中に広まり、その後米国の放送局も取材に来ました」
 臓器を抜き取られた児童の遺体の話は瞬く間に広がった。直ちに駆けつけた警官は居合わせた人々の携帯電話を取り上げ、撮影された写真をすべて削除したという。しかし、後日情報を聞きつけた米系ラジオ局「ラジオ・フリーアジア」が目撃者たちのところへ電話をかけ、遺体の放棄情報などを聞き出して詳細な証言を残した。
 このように、昨今のウイグル自治区では、まだ年端も行かない子供たちが突然失踪する事件が頻発している。街中には、行方不明になった子供たちを探す尋ね人のチラシが何枚も貼り出され、子供たちを捜すボランティア組織も出来た。
 ところが今度は、「皆さん、気をつけてください。大勢の子供たちが行方不明になっています!」とSNSで呼びかけた青年が、突然警官隊に踏み込まれて拘束され、そのまま姿を晦ますという事件まで発生したのである。 このゲシュタポもまっ青の秘密警察国家の正体を、今こそ全世界が一丸となって暴いてゆかねばならない。今年、六月四日から七日にかけ、ふたたび英国でジェフリー・ナイス卿を議長となり「ウイグル・民衆法廷」の第一回公聴会が開かれる。

 

 

【日本ウイグル協会】ウイグル人に対するジェノサイド疑惑に関する民衆法廷「ウイグル裁判所」をご支援ください

【BBC Japan】ウイグル女性、収容所での組織的レイプをBBCに証言 米英は中国を非難

【BBC 】’Their goal is to destroy everyone’: Uighur camp detainees allege systematic rape※英語

【SMG】2018~2019年に行われた民衆法廷(最終裁定)