
2025年6月5日、東京都千代田区の全国町村会館において、「臓器移植を考える日台シンポジウム」(主催:SMGネットワーク、台湾国際臓器移植ケア協会TAICOT)が開催されました。本シンポジウムは、現代医療における臓器移植の重要性と、それを取り巻く深刻な国際問題について、日本、米国、台湾の専門家と政治家が一堂に会し、具体的な解決策を模索する場として企画されました。
会には片山さつき参院議員(自民党)、升田世喜男衆院議員(立憲民主党)も姿を見せ、盛会を祝われまた。このほか、米連邦議会下院議員クリス・スミス氏も祝辞が代読され、立法推進を強調しました。
開会挨拶と国際的な連帯
午前9時30分、実行委員会代表による開会の辞で幕を開けた本シンポジウムは、冒頭から国際的な連帯の重要性が強調されました。日本側代表議員の挨拶では、「ドナー不足の現状及び不正な渡航移植に関する日本国会の立場と懸念について」と題し、日本が直面している深刻な臓器不足と、海外での違法な臓器移植に日本人患者が関与してしまうリスクについて言及されました。
特に印象的だったのは、米連邦議会下院議員クリス・スミス氏からの祝辞メッセージでした。スミス氏は長年にわたって国際人権問題に取り組んできた政治家として、臓器移植における人権侵害の深刻さと、各国が連携して対処する必要性を力強く訴えました。このメッセージは、本シンポジウムが単なる学術的議論ではなく、人命と人権に直結する緊急性の高い課題であることを参加者全員に印象づけるものでした。
医療倫理の権威による包括的分析と台湾モデル

台湾大学生命医学倫理センター部長である蔡甫昌教授の講演は、医学倫理、医療法律、医学教育の分野における国際的権威としての深い洞察を提供しました。蔡教授は国立台湾大学医学部医学教育バイオエシックス学科教授、同大学病院倫理センター長研究倫理委員会委員長、ヘイストンスセンター研究員として、世界医師会(WMA)で長年活躍し、2016年の「台北宣言」制定過程で中心的役割を果たした経験を持ちます。アジアにおける生命倫理学の第一人者として、台湾が直面してきた臓器移植問題と、それに対する革新的な法制度整備について詳細な分析を行いました。
台湾の臓器移植は1968年5月27日の国立台湾大学病院でのアジア初の腎臓移植手術から始まり、1987年にヒト臓器移植条例が制定されました。しかし台湾は世界一の腎透析有病率とB型肝炎キャリア率という深刻な医学的課題を抱え、40年以上にわたって移植用臓器の深刻な不足に直面してきました。この状況下で、1990年代以降の中華圏における経済交流拡大により、台湾患者の海外での臓器移植が急激に増加しました。過去10年間で4,500人以上の台湾人患者が中国で臓器移植を受けたと推定されています。
蔡教授は、移植ツーリズムが世界全体の臓器移植の10%を占め、多くの国際ガイドライン(世界保健総会決議57.18、2004年;イスタンブール宣言、2008年)で貧困層や脆弱な層の搾取として非難されていることを指摘しました。台湾から中国への移植観光では、海外移植グループに男性、高齢者、合併症患者が多く、術前透析期間が短い腎移植や肝細胞がんの肝移植が特徴的で、海外移植の成績は国内移植より劣っていることが明らかになりました。
台湾は2006年以降、世論とメディアの圧力を受けて段階的な法制度整備を進めました。2006年には医療従事者の臓器仲介行為を完全禁止し、違反者は医師法第25条第4項に基づく懲戒処分の対象としました。2007-2008年にはアジア臓器取引対策タスクフォースを台北で開催し、アジア諸国の臓器提供における国家レベルの自給自足実現と違法行為助長活動の禁止を促進しました。2008年にはイスタンブール宣言に参加し、移植の商業化、臓器取引、移植観光を目的とした広告、勧誘、仲介行為の国際的禁止を宣言しました。
2015年のヒト臓器移植条例の全面改正では、四つの主要改正を実施しました。第一に強制登録制度として、海外移植を受けた患者に移植された臓器の分類、所在国、病院および医師等の書面資料提出を義務化しました。第二に違法臓器移植への罰則として、臓器移植の仲介または臓器の提供・取得を行い無償寄付規定に違反した者に1-5年の懲役、違法な仲介業者や患者に最高5年の懲役および最大5万ドルの罰金を科しました。第三にペア交換の許可として、配偶者および五親等以内の親族の範囲内での臓器の相互マッチング、交換および寄付を許可しました。第四に必須選択制度として、新しいIDカード、運転免許証、健康保険カード申請時に臓器提供の意思確認を義務化しました。
最後に蔡教授は日本と台湾の協力の重要性について言及しました。両国とも脳死に対する文化的抵抗や家族の同意の圧力により臓器提供率が低く、移植観光や違法仲介が共通の脅威となっています。協力可能分野として、政策の共有と倫理的な臓器提供の慣行の促進、違法仲介業者や国境を越えた取引に対する共同対策、追跡システムの開発と世界医師会などのフォーラムでの提唱、臓器提供の透明性に関する地域基準の支援があります。協力により、アジア全域における倫理的改革を導き、違法移植に対する民主的な解決策のモデルを構築することができます。蔡教授の講演は、台湾の段階的法制度整備が実践的なモデルケースとして、同様の課題を抱える日本をはじめとするアジア諸国にとって貴重な参考事例であることを明確に示しました。
政治的リーダーシップと国際協調

台湾立法委員で長庚記念病院血液腫瘍科部長を務める王正旭医師は、医学と政治の両面に精通した専門家として、「台湾における臓器移植による犯罪を防止するための法整備と影響」について講演しました。王委員は2017年「台湾医療模範賞」受賞者で、医療倫理と人権保護の観点から臓器移植の法整備に取り組む台湾医療界の重鎮として、立法過程における実際の課題と解決策について具体的な事例を交えながら説明しました。
日本の移植医療が直面する制度的危機

湘南鎌倉総合病院移植外科の大久保恵太医師による基調講演は、日本の移植医療の現状を赤裸々に明かす衝撃的な内容でした。大久保医師は、アメリカで500例以上の移植手術経験を持つ日本屈指の移植外科医として、両国の制度を比較しながら日本の深刻な問題を浮き彫りにしました。
数字が物語る格差の実態は想像を絶するものでした。日本では移植希望者約15,000人に対し、年間移植実施は約400人で、わずか2~3%の患者しか移植を受けることができません。これに対し米国との格差は、移植実施数で100万人あたり140.8件対4.7件と30倍、臓器提供数では41.6人対0.62人と実に67倍にも達しています。
しかし、大久保医師が最も強調したのは、この格差の原因が従来言われてきた「文化的・宗教的要因」や「脳死への理解不足」ではないという点でした。実際のデータを示しながら、臓器提供希望者は39.5%(約5000万人)も存在し、意思表示済みの人も10.2%(約1200万人)いることを明らかにしました。問題の根本は、医師の95.9%が臓器提供の話をしないという現実にあったのです。
医師が提案しない理由として、大久保医師は3つの構造的問題を指摘しました。第一に、日本独自の法的制度により、脳死は「臓器提供時のみ」人の死とされるため、医師は「まだ生きているが、臓器を取り出すために亡くなったことにしてもよいか」という説明を強いられる心理的負担。第二に、施設の66%、担当医の77%が負担と回答している過大な業務負荷。第三に、脳死状態での提案が家族に「諦めた」と受け取られるリスクです。
さらに深刻なのは診療報酬制度の問題でした。日本では臓器提供管理料が20万円で実質赤字となる一方、米国では腎移植が4420万円(日本68万円の65倍)、肝移植が8920万円(日本139万円の64倍)、心臓移植が1億1000万円(日本139万円の79倍)という格差があります。この結果、「移植に集中するほど病院は赤字」という構造的矛盾が生まれ、東京大学、京都大学、東北大学といった主要医療機関でも移植断念が多数報告される事態となっています。
現場の混乱も深刻で、提供病院からの支援がないため各チーム4人以上の医師が必要となり、医師がスーツケース2個以上で器械を持参し、手術室に20人近い医師が混在するという非効率極まりない状況が続いています。加えて、JOT(日本臓器移植ネットワーク)の過剰な慣習として、手術3時間前集合、公共交通機関利用原則、全員スーツ着用、30分自己紹介、術中全員立ちっぱなし、ドナーボックス床置き禁止といった形式的なルールが現場の負担を増大させていることも明らかになりました。
台湾の段階的法整備モデル
台湾大学病院雲林分院の黄士維医師による講演は、実践的な法制度整備の成功事例として大きな注目を集めました。黄医師は、台湾のヒト臓器移植条例改正過程において医療現場の実態に基づいた政策提言を行い、現在の登録制度の設計と運用に関わった経験を持つ専門家として、具体的な制度構築のノウハウを共有しました。
1990年代以降、中華圏における文化的背景と交流拡大により、台湾患者の海外での臓器移植が急増しました。この現象は医療倫理と国際法の観点から重要な課題となり、台湾では段階的な法制度整備が進められることになりました。
移植ツーリズムの拡大経緯を見ると、2000年以降、台湾から中国への臓器移植目的の渡航が急激に増加しました。腎臓移植は2000年以降に急増し、肝臓移植も同時期から顕著な増加を示しています。過去10年間で4,500人以上の台湾人患者が中国で臓器移植を受けたと推定されており、患者の多くが高額な費用を請求されています。
台湾人患者の事例では、移植手術時に複数の臓器から選択できる状況が確認されており、通常の臓器提供システムでは説明困難な迅速性と豊富さが報告されています。これらの事例は、臓器の出所について深刻な疑問を提起していました。
台湾の法制度整備は2006年以降、世論とメディアの圧力を受けて段階的に強化されてきました。2006年には医療関係者の臓器仲介関与を禁止し、病院に海外移植の自主登録を要求。2012年には医療機関に海外移植の報告義務を課し、責任を個人医師から病院組織に移行。2015年にはヒト臓器移植条例を改正し、海外移植登録の義務化と移植ツーリズムの犯罪化を実現しました。
さらなる対処として、2024年12月には台湾立法院で35名の立法委員が「強制臓器摘出に反対する刑事立法」推進に署名し、2025年1月3日には「臓器強制摘出の撲滅と防止に関する法案」が初回審査を可決するなど、継続的な法整備が進展しています。
制度の透明性の課題として、中国では臓器移植制度に関する公的情報開示が極めて限定的で、各病院や省別の詳細統計は確認できません。政府主導の電子管理と業界の自己規制により監督される制度となっていますが、独立した監査機関は存在しません。ドナー制度の整わない国への渡航移植のリスクについて、「犯罪に巻き込まれる可能性がある」とそのリスクを強調しました。
国際的な人権侵害としての強制臓器摘出

DAFOH(強制臓器摘出に反対する医師たち)創設者であるトルステン・トレイ医師の講演は、臓器移植をめぐる国際的な人権侵害の実態を詳細に明らかにするものでした。トレイ医師は18年間にわたって中国における強制臓器摘出問題に取り組んできた国際的権威として、確かな証拠に基づいた告発を行いました。
2006年以降明らかになった事実によると、中国では主に法輪功学習者をはじめとする良心の囚人から臓器が生体摘出されており、中国政府がこの方法により法輪功根絶を図れると認識した後、移植病院を4倍に増やし、ウイグル人やその他の良心の囚人にも対象を拡大しました。
証拠は5つのカテゴリーに分類されます。第一に、年間移植件数が推定3万~5万件で、公式発表の3~5倍に達していること。第二に、臓器提供者数の登録ドナー数の意図的操作。第三に、異常な待機時間で、通常2~4週間、特別料金では1~2日で臓器が提供されること。第四に、1999年から2006年にかけて移植センターが4倍増という急激なインフラ拡大。第五に、血液検査・医学検査の具体的内容に関する証人証言です。
特に深刻なのは、中国独特の「オンデマンド」臓器提供システムです。腎臓は通常2週間、追加1万ドルで2日以内に提供されるという世界唯一の存在で、これは患者が実質的に臓器ドナーの殺害を引き起こす構造を意味し、各国民が犯罪に巻き込まれるリスクを生んでいます。
日本への直接的影響も無視できません。厚生労働省による2024年実態調査によると、過去175人の日本人が中国で臓器移植手術を受けており、韓国、台湾と同様に日本人患者も実際にこの犯罪システムに関与してしまっている現実があります。
各国の立法対応事例として、イスラエルは2008年に健康保険制度を改正し、臓器移植法により中国での移植費用の保険適用を禁止、国内での臓器売買も全面禁止した結果、イスラエル人患者の中国渡航が完全停止しました。イタリアは2016年に刑法第601条「生体からの臓器売買」を新設し、3~12年懲役、医療職業資格の永久剥奪を定めています。台湾については後述しますが、2006年から段階的法整備を進め、2015年に処刑囚臓器使用禁止、移植ツーリズム全面禁止を実現し、違法関与医師の免許剥奪、患者の臓器出所証明義務を課しています。
スペインは2010年に移植ツーリズムと臓器売買を重罪に指定し、違法臓器調達の「奨励・促進・仲介・広告」に最大12年懲役を科しています。米国では2025年5月にH.R.1540法案により包括的制裁措置を実施し、中国との臓器移植分野協力の完全停止、制裁措置による強制臓器摘出停止要求、関与医師のビザ発給停止・取消、同盟国との協調制裁措置を行っています。さらに、テキサス州が2023年に中国関連移植の健康保険適用を禁止する州法を制定し、アイダホ、ユタ、テネシー、アリゾナ州も同様の法律を制定する波及効果を生んでいます。
シンポジウムが示した今後の課題と提言
本シンポジウムを通じて明らかになった知見を基に、各国共通の課題解決に向けた包括的な提言が示されました。
国際協調アクション
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海外移植における登録の義務化 – 台湾モデルを参考に、海外で臓器移植を受けた患者の詳細な登録システムを各国で確立し、透明性を確保する。
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臓器取引および仲介行為への制裁強化 – 関与するすべての関係者(医師、仲介業者、患者を含む)に対する実効性のある制裁措置と処罰の実施。
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臓器取引犯罪化のための立法措置 – 国際的・国内的な立法により臓器取引を犯罪として明確に位置づけ、防止体制を構築。
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効果的な国内臓器調達・寄付政策の確立 – 各国の文化的背景を考慮しつつ、持続可能な臓器提供システムの構築。
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強制臓器摘出の完全停止 – 中国における死刑執行者または強制下にある者からの臓器使用を停止するための継続的な国際的圧力。
国際的な人権保護への貢献
参加者は、このシンポジウムが単に医療制度の改善にとどまらず、国際的な人権保護における重要な一歩であることを確認しました。特に、強制臓器摘出という重大な人権侵害に対し、医学界と政治界が連携して具体的行動を起こすことの緊急性が強調されました。
台湾の段階的法整備モデルは、他国が参考にできる実践的なガイドラインを提供しており、特に日本のような類似の文化的背景を持つ国にとって有効な解決策となり得ることが示されました。
御礼
登壇いただいた有識者の皆様をはじめ、ご協力いただいた台湾、米国、日本の各界の皆様に心より感謝申し上げます。
この開催まで、多くの方々のご支援とご協力をいただきました。台湾からは蔡甫昌教授、黄士維医師、王正旭立法委員に貴重な知見と実践経験をお分かりいただき、米国からはトルステン・トレイ医師に18年間にわたる調査研究の成果をご報告いただきました。
日本からは湘南鎌倉総合病院の大久保恵太医師に日米の移植医療制度比較による詳細な分析をご提供いただきました。石橋林太郎衆院議員をはじめ、片山さつき参院議員、升田世喜男衆院議員には超党派でのご参加をいただき、政治的リーダーシップの重要性を示されました。
クリス・スミス米連邦議会下院議員、林思銘台湾立法委員、陳昭姿立法委員、陳冠延立法委員、台湾医師会からも力強い祝辞をお寄せいただきました。中山泰秀元衆院議員からも応援メッセージを頂戴しました。
国際的な専門知識と政治的意志が結集した本シンポジウムは、単なる学術的議論にとどまらず、具体的な政策提言と国際協力の基盤を築くことができました。特に、台湾の段階的法制度整備という実践的モデルが、同様の課題を抱える各国にとって貴重な参考事例となることが確認されました。
今後も継続的な国際協力により、臓器移植における倫理的課題の解決と、すべての患者の生命を守るための制度改革に向けて、皆様と共に歩んでまいります。改めて、ご参加とご協力をいただきました全ての皆様に深く感謝申し上げます。
SMGネットワーク 実行委員会一同