【「正論」令和2年3月号】 特集:中国人権弾圧 絶望の慟哭
「臓器狩り」は〝疑惑〞の域を超えた昨年十一月三十日、「二〇〇八年イスタンブール宣言から十一周年記念」と銘打って日本、台湾、韓国のアジア三カ国・地域合同による臓器移植問題の国際シンポジウムが東京大学で開催された。ホスト国である日本からは、「移植ツーリズムを考える会」(稲垣兼太郎理事長)と、筆者が事務局を預かる「中国における臓器移植を考える会(SMG=Stop Medical Genocide=ネットワーク)」(加瀬英明代表)が共催団体として参加した。

【「正論」令和2年3月号】 特集:中国人権弾圧 絶望の慟哭

 

「臓器狩り」は〝疑惑〞の域を超えた

 

野村旗守

のむら・はたる 昭和三十八年、埼玉県出身。
立教大学文学部史学科卒業。雑誌編集者を経て、フリージャーナリストとして独立。
北朝鮮、中国問題はじめタブーとされている領域に果敢に斬り込む。
SMGネットワーク事務局長も務める。著書多数

 

イスタンブール宣言の成果

 

昨年十一月三十日、「二〇〇八年イスタンブール宣言から十一周年記念」と銘打って日本、台湾、韓国のアジア三カ国・地域合同による臓器移植問題の国際シンポジウムが東京大学で開催された。ホスト国である日本からは、「移植ツーリズムを考える会」(稲垣兼太郎理事長)と、筆者が事務局を預かる「中国における臓器移植を考える会(SMG=Stop Medical Genocide=ネットワーク)」(加瀬英明代表)が共催団体として参加した。
 主題は、「臓器取引と移植ツーリズム(臓器移植手術の為の海外渡航)」。
 取り分けて、ここ二十年ほどの間に世界の移植医療分野で最大の懸案事項となっている、中国における「良心の囚人(無実の人々)」からの臓器強制収奪とその売買が、議題の中心となった。
 臓器売買とその仲介行為を不法とみなし、移植手術は原則として国内で受ける――などを表明したイスタンブール宣言以降、各国はこれに準じて海外移植渡航を禁ずる法改正等を行うなどの施策を講じてきた。果たしてその結果はいかなるものであったのか?
今回のシンポジウムは、その効力を査定する検証の場ともなった。しかし――。 「良心の囚人を犠牲とする中国での臓器売買と中国への移植渡航に関して、イスタンブール宣言は現在のところ全くと言って良いほど功を奏していない」
 当日、特別ゲストとして招かれたカナダのデービッド・マタス弁護士は、冒頭の基調講演で現状をそう嘆いた。「中国臓器狩り問題」追及の急先鋒であり、二〇〇六年からすでに十五年近くに渡って実態調査と告発を続け、ノーベル平和賞候補にノミネートされたこともある。
 これを受けて日台韓から合わせて十名の医師、弁護士らが登壇し、各国の現況を報告した。
 まずは台湾から「台湾国際臓器移植医療協会(TAICOT)」の副理事とスポークスマンを務める黄士維医師が壇に上がる。TAICOTは、二〇〇六年、中国瀋陽の蘇家屯秘密収容所で法輪功学習者の生体から臓器摘出して販売したことを初めて明らかにした「ワシントン証言」を受けて設立された。
 中国への移植渡航の危険性を啓蒙すると同時に、自国政府に対しても法改正を呼びかけており、二〇一二年には、国際組織である「臓器の強制摘出に反対する医師団(DAFOH)」と協力して反臓器狩りのための署名活動を展開し、台湾在住の医師からわずか一年足らずで五千人近い署名を集めたこともある。
 黄医師によれば、中国への渡航移植を希望する台湾の患者には、二〇〇〇年と二〇〇七年の、二つの節目があったという。
 二〇〇〇年は中国大陸で法輪功の信者に対する大弾圧が断行された翌年であり、法輪功側の発表によれば百万人以上が拘束され、そのうち少なくとも数十万人が強制収容所へ移送された。
 目下、全住民の一割以上が拘束されていると言われる「ウイグル自治区」(新疆ウイグル自治区)を除いても、中国各地にはおよそ千カ所の強制収容所が点在し、三百万人以上の政治犯が収容されている――と伝えられる。その大部分を占めるのが、共産党政府から「殲滅」を宣言された法輪功信者であり、黄医師によれば、この年から中国が提供する臓器の数が飛躍的に増えた――という。
 「手術の成功率も劇的に上昇し、多くの業者がウェブ上に仲介の広告を出すようになった。その上国内で受けるよりもずっと安価な値段で手術が受けられるとの評判が、ドナーの出現を待つ肝腎臓病患者のあいだで囁かれるようになった」

 

「アニー証言」の衝撃

 

この豊富な臓器の出所に関し中国側は、移植される臓器の殆どは「死刑となった囚人から摘出したもの」と説明してきた。
 ところが、二〇〇七年以降、中国での手術費用は年々上昇し、臓器の出所については患者が訊ねることも医師が教えることも出来ない秘密事項となった――と、黄医師は指摘する。
 なぜ二〇〇七年なのかといえば、その前年に「ワシントン証言」があったからだ。「ワシントン証言」とは、「アニー証言」ともいい、アメリカのワシントンDCで、米国に亡命した遼寧省蘇家屯病院の元女性職員が「病院内に連行されてきた数千もの法輪功の人々がつぎつぎと注射で人為的な心臓麻痺を起こされ、強制的に体内の臓器や器官を収奪されていた」とする衝撃の告発証言で、中国の「臓器狩り疑惑」の核心部分について初めて警鐘を鳴らしたものだ。

蘇家屯秘密収容所で法輪功学習者の臓器摘出を証言したアニー氏

 「アニー」と名乗ったこの女性の元夫は同病院の脳外科医であり、政治犯として捕らえられた法輪功信者から眼球の角膜を連日のように摘出していたという。
 この証言によって、中国の異常な臓器ビジネスの実態が初めて暴かれ、世界を震撼させた。そして同時に、国際的な監視網が敷かれることにもなったのである。マタス弁護士らが実態調査に乗り出したのも、この証言を受けてのことであった。
 十年にわたる入念な調査の後、彼らは「中国で良心の囚人からの強制臓器摘出とその売買は間違いなく行われ、現在も続いている。年間六万から十万件の手術が執刀され、現在までの手術件数は百万〜百五十万件に及ぶと推定される」(二〇一六年レポート)との結論に達した。
 先の「アニー証言」によれば、術後、臓器を抜き取られた法輪功信者は生死の区別なくボイラーに放り込まれ、そのまま高熱で焼却されていたという。つまり、臓器収奪を強いられた「良心の囚人」はほぼ例外なく殺害されていたということだ。
 そして二〇一五年、中国の非道な強制臓器収奪とその売買に国際的な非難が一層喧しくなると、中国当局は「死刑囚からの臓器摘出を全廃し、臓器提供希望者を募るドナー登録制度に切り替えた」と発表する。
 「しかし、これ以降も中国移植ビジネスの実態は殆ど変わっていない。カネさえ払えば、外国人であろうと、依然として数日のうちに臓器移植手術を受けることが出来るのです」
 黄医師は語る。つまり、イスタンブール宣言以降も中国における強制臓器収奪の様相は全く変わっていないとの指摘だが、移植ツーリズムに関して言えば、少なくとも台湾には改善の跡が見られる。 台湾では、二〇〇六年から移植ツーリズムに参加した患者を追跡してそのデータの集積を始めていたが、二〇一五年には法改正して渡航移植する患者に申告を義務化した。 
 過去二〇年来、中国に行って肝臓あるいは腎臓の移植を受ける台湾人は延べ四千人に及ぶ。肝臓移植に関しては、二〇〇〇年以降急増し、二〇〇五年にピークに達して約五百人を数えた。それが二〇〇六年の内部告発によって臓器狩り犯罪が暴露され、台湾当局は医療従事者に渡航移植への関与を禁止した。
 これで中国へ移植渡航する患者は半減し、さらに二〇〇八年のイスタンブール宣言で規制強化が進み、移植ツアーへの参加者は百人程度にまで減少したという。

 

「TV朝鮮」会心の潜入ルポ 

 

 一方、韓国からは韓国臓器移植倫理協会(KAEOT)顧問の韓煕哲医師が登壇した。韓医師は高麗大学医学部教授で韓国医科大学連盟の理事長も兼ねる。韓医師は、「臓器移植を受けた患者の免疫抑制剤の処方箋には特徴がある。従って、この特徴ある処方箋を与えられた患者の全体数から国内の移植患者の数を引けば、海外で移植手術を受けた患者の人数が算出できる」と語った。
 KAEOTではこのようにして集積したデータを基に、非人道的な中国臓器移植の危険性を広く韓国人一般に啓蒙してゆくと同時に、移植渡航に関する法整備を求めて活動を続けている。
 昨年までに国連への請願の為、三十八万五千四百五筆の署名を集め、各地でドキュメンタリー映画の上映会を行うなどして、各界に向けて啓蒙活動を行っている。これらの活動に加えKAEOTでは、委員の一人が国際基準に合うよう改正法案を国会に提出し、遂には具体的な協議に結びついた。 韓国についてさらに特筆すべきは、二〇一七年に「TV朝鮮」が制作した「調査報道セブン」の「中国渡航移植の闇――生きるために殺す」の放送だろう。KAEOTはこの番組制作に全面的に協力した。

天津第一中央病院

 中国に百六十九ある移植認可病院(未認可を含めれば五百以上の病院が移植手術を行っていると言われる)のうち、最大の臓器移植病院である天津第一中央病院=写真=に患者の家族を装って潜入した取材班は、隠しカメラと隠しマイクを使って内部の医師、看護士、患者などに取材を敢行。また、深夜に及ぶ移植手術の現場(高層階の手術室)に迫るべくドローンを使って窓外から撮影したり、ドナーから臓器を摘出する前に用いる脳死マシーンの発明者にインタビューを試みたりと、果敢な現地取材に挑み、これを成功させている。 韓国でも臓器提供者(ドナー)の数は圧倒的に足りない。取材時点で三万二千人もの肝腎臓病患者がドナーの出現を待っており、順番が回ってくるには最低五年間も待たねばならない状況が続いていた。そして殆どの場合、患者は自分の番が回ってくる前に事切れてしまうのが通例なのだ。日本と同様、移植用臓器は需給のバランスがまったく釣り合っていない。
 だからこそ、非人道行為に加担するやましさを抱えながらも中国に渡って臓器移植を受ける患者が後を絶たない。番組は、臓器提供の順番を待ちわびる患者の苦悩にも踏み込み、「長く苦痛に呻きながら死を待つか、それとも人を殺してでも生き続けたいか」と、観る者の胸をえぐる重い問いを投げかける。
 「中国臓器狩り問題」に関して、現地取材を敢行し、さらにここまで核心に踏み込んだ報道は初めてであり、以降も現れていない。危険を顧みずレポートを遂行した取材班の行動力には敬意を払わざるを得ないし、予想されるすべての圧力を押し退けて放送に踏み切った放送局の胆力にも舌を巻いた。

 

「営利ジェノサイド」に鈍い日本
        
二〇一七年の放送直後、韓国から送られてきたこの画期的なドキュメンタリー動画を視聴しながら筆者の脳裏に去来したのは、「韓国のテレビがここまで出来るのに、なぜ日本のメディアは手を拱くばかりでなんら有効な報道が出来ないのか」という、驚嘆と羨望、それから苛立ちと自責の念が入り混じった複雑な感想だった。
 経済的な依存度を考えれば、日本より韓国のほうが中国に対する忖度の度合いは遥かに高いはずである。それでも「TV朝鮮」は取材と放送を敢行した。ところがこの日本では、隣国において毎年十万からの無辜の民が二十年近くも虐殺されているというのに、断片的な関連報道が時たま出るだけで、大手メディアが正面切って取り上げたことは一度もない。
 既に二〇一二年の段階で米下院議会は「中国臓器狩り問題」に対して非難決議を採択しているが、そのなかでこう述べられている。 「主流メディアがこれほどの重大犯罪を報じないことは、ジャーナリズムの歴史に対する冒涜である」(外交調査と監査委員会) にもかかわらず、「報道しない自由」を行使する日本メディアの姿勢は、今もってまったく変わっていない。国会ではようやく昨年十一月、参議院の外交防衛委員会で自民党の山田宏議員が中国の法輪功信者とウイグル民族への迫害に沈黙を守る日本政府の無策を糺し、「臓器狩り問題」についても言及があったが、法改正までの道のりは未だ遠いというのが現実である。医療分野でも日本からは僅かに琉球大学医学部名誉教授の小川由英医師が登壇し、世界最先端にある日本の修復腎移植に関して発表して面目を保ったが、他は法律分野でも医学分野でも、この問題に正面から取り組む専門家は一人もいないというお寒い状況にある。 我々SMGネットワークではこの「中国臓器狩り問題」を、「人類史上未曾有の、そして現在進行形の国家犯罪」と定義している。十年以上にわたって調査を続けているカナダのマタス弁護士もまた、「人類はこれまでさまざまな悪行を重ねてきたが、ここまで邪悪な行為は過去に例がない」とまで言った。国籍はカナダだが、マタス氏のオリジンはユダヤであり、ユダヤ人であるからには物心ついた時からホロコーストの記憶は聞かされ続けて身に染みているはずだ。
 その彼が「ここまで邪悪な行為は過去に例がない」とまで言っているということは、現在もなお中国で行われている「臓器狩り犯罪」は「ホロコーストより悪質である」ということである。確かにそうだ。あのナチスですら、生きている人間の体を切り刻んで売り捌いたりはしなかった。
 過去二十年にわたり、そして現在もなお中国で行われているのは、一つの国家がみずからの統治に邪魔な集団を抹消すると同時に商行為に利用する為、特定の信仰集団や民族集団を大量に虐殺するという、この地上にかつて存在したことのない「営利ジェノサイド」という殺人産業なのである。

 

なぜウイグル人が標的になるのか
    
 そしてこれを止める能力は、既に中国国内にはない。年間十万件から行われるというこの「殺人ビジネス」の産業規模は、年間およそ一兆円。回り始めた歯車が余りに大きすぎて、もはや誰にも止められなくなってしまっているのだ。巨利は理性を狂わせる。
 先の「アニー」はワシントンでこう証言した。
 「最初のうちは情報が漏れるのを恐れて、臓器ごとに摘出する医師と手術室を変えていたのです。でも後になってお金が入るようになると、もう何も恐れなくなりました。おなじ部屋でさまざまな臓器を摘出するようになったのです」 これは二〇〇六年の話だが、今や中国は医療界すべて、否、全社会があまねく「お金が入るようになると、もう何も恐れなくなりました」という〝集団催眠状態〞にある。
 留まるところを知らない中国の人権無視に、世界もようやく重い腰を上げ始めた。
 昨年十一月二十七日に米議会で香港人権法が成立した前後あたりから、中国に対する欧米諸国の態度が明らかに変わった。ウイグル民族への凶悪な迫害を暴露する内部文書も国際社会に明らかにされ、中共政権に対する批判報道が相次いでいる。
 以来、日本でもようやく空気が変わりつつある。ウイグルにまつわる報道が飛躍的に増え、在日ウイグル人運動を主導する日本ウイグル協会の活動も活発化した。 また二〇一二年に結成されたものの、ここ数年は休眠状態にあった「日本ウイグル国会議員連盟(ウイグル議連)」も今年から再始動する見込みだ。
 これまで「中国臓器狩り犯罪」の最大の標的となっていたのは一九九九年以降に大量拘束された法輪功信者だった。およそ二十年間のうちに百万人近くが犠牲になったとも言われるが、既に需要が供給に追いつかなくなっている。 そこで新たに目を着けられたのが、ウイグルだ。現在、自治区内に五百カ所程ある収容所に閉じ込められている合わせて百五十万〜三百万人のウイグルの「良心の囚人」こそが、現在最大の「臓器提供源」であるとみなされている。SMGネットワークでは昨年九月、参議院で日本ウイグル協会と共催による証言集会を開催した。登壇した在日ウイグル人によれば、現在ウイグルでは、各家庭に必ず一台の政府の監視カメラが据え付けられる異常な管理社会となっているという(しかもカメラの設置料金まで徴収される)。家族に危害が及ぶため日本から国際電話すらかけられないという状態が、人によってはもう三年以上も続いているというのだ。

 人口の一割以上が強制収容所に幽閉されるウイグル民族への苛烈な迫害は既に人権侵害のレベルを超え、民族浄化の域に達したと言って過言でない。これを止めるためには、世界のメディアが同時一斉に「Stop Medical Genocide!」の声を上げる以外ない。

 

その他リンク

【EPOCH TIMES】日本で反臓器濫用シンポ 弁護士「アジアで移植渡航停止のファイアウォール作りを目指す」

【EPOCH TIMES】中国臓器摘出殺人:米ワシントンで、元職員が公に証言

TV朝鮮「調査報道セブン」中国渡航移植の闇 ― 生きるための殺害

【Youtube】2019年11月7日 「外交防衛委員会」で質疑する山田議員

日本ウイグル協会

FUJISAN.CO.JP 正論 2020年3月号 (2020年02月01日発売)