六月十七日、ロンドンの「中国の強制臓器収奪に関する民衆法廷」では、いよいよ最終判決が下されようとしていた。
昨年十二月の第一回と四月の第二回の公聴会で証人(ウイグルや法輪功などに所属する当事者)二十八人、参考人(調査研究者)二十一人、あわせて四十九人もの発言者が出廷した裁判が、ようやく終着をみたのである。(野村旗守)

月刊WiLL-2019年8月号:「中国の医療虐殺に口をつぐむ各国の主要メディア」

 

中国の医療虐殺に口をつぐむ各国の主要メディア

 

野村旗守
著作家

 

一九六三年生まれ。立教大学卒。外国人向け雑誌編集者などを経てフリーに。主著に『中国は崩壊しない─「毛沢東」が生きている限り』(文藝春秋)、『北朝鮮 送金疑惑』(文春文庫)、『Z(革マル派)の研究』(月曜評論社)、編著書に『わが朝鮮総連の罪と罰』(文春文庫)、『北朝鮮利権の真相』『沖縄ダークサイド』『男女平等バカ』(以上、宝島社)など多数。

 

出足の鈍かった英国マスコミも、報道を開始した。
一方、日本のマスコミは相も変わらず無自覚なまま……

 

最終判決

ロンドン「中国の強制臓器収奪に関する民衆法廷」の最終判決(6月17日)

 

六月十七日、ロンドンの「中国の強制臓器収奪に関する民衆法廷」では、いよいよ最終判決が下されようとしていた。
 昨年十二月の第一回と四月の第二回の公聴会で証人(ウイグルや法輪功などに所属する当事者)二十八人、参考人(調査研究者)二十一人、あわせて四十九人もの発言者が出廷した裁判が、ようやく終着をみたのである。
 六月十七日の当日、グランド・コノート・ルームズの二百席以上の会場は聴衆と報道陣でほぼ埋め尽くされ、立ち見も出るほどの盛況だった。やがて判事団が入場してくると全員が起立をして黙礼を交わす。会場は厳粛な雰囲気に包まれた。
 議長で進行(裁判長)役のジェフリー・ナイス卿が読み上げた判決の〝主文〟は、第一回公聴の直後に出た異例の中間報告をほぼ踏襲したものと言って良かった。判決文はダイジェスト版だけでも全五十八頁にもわた出足の鈍かった英国マスコミも、報道を開始した。る長大なものなので、ここでは冒頭部分だけをかいつまんで紹介する。「……数千、数万の無実の人々が注文に応じて殺害されてきたということになる。健康な肉体が生きたまま切り開かれ、腎臓、肝臓、心臓、肺臓、角膜、皮膚等が摘出され、商品として売り出されたのだ」
 デービッド・キルガー、デービッド・マタス、イーサン・ガットマン──と、本法廷の基礎資料とも言うべき「二〇一六年報告書」の共同執筆者たち、それからウイグル出身の元医師で自らも臓器摘出に関与の経験があるエンバー・トフティーら、主役級の証言者であり、十年以上にわたってこの問題を調査してきた中国臓器狩り追及の急先鋒たちが最前列に陣取ってジェフリー卿の低い声に聞き入っていた。
「……これら無実の人々を、医師たちが殺害してきた。殺されたのは、全体主義国家である中華人民共和国の統治者である中国共産党の利益と目的に合致しないとみなされた人々である」
 判決文のダイジェスト版五十八頁は英語版「中国民衆法廷」のホームページで全文を読むことができる。ここには「法廷」で取り上げられた数々の証拠が列記されている。
「……あらゆる問責に対し、中華人民共和国は、政治的に動機づけられた誹謗中傷である──と強弁する以外、ほとんど何もしてこなかった。同時にまた、人類の正義と人権の擁護を使命とするはずの各国政府、国際機関もこれらの正当な批判に正面から取り組む姿勢を見せず、証拠不十分とすることで、注文に応じて殺害される運命にある人々の生命を守る行動をとらないことを正当化してきた」
 そして判決文は、中国の臓器狩り犯罪を全盛期の最悪の凶悪事例と比較することによって、その悪質性を際立たせた。
「犠牲者、死者に関してはナチスドイツによるユダヤ人のガス室での虐殺、クメール・ルージュ、ルワンダのツチ族の虐殺にも比肩できる。しかし、罪のない善良な人々の心臓その他の臓器を盗み取り、魂そのものを破壊する行為の前には、これら歴史上の重大虐殺事件ですらいささか色褪せて見えるほどだと言える」
 ──が、感情に押し流されることなく、冷静に法理を遂行せよ、と法廷は自らを戒めた。
「……これまで述べたイメージや描写は最低限に止め、普遍的な正義の理念を判定過程に適応することを優先させなければならない。現在、檻の中で生命の危機に晒さらされている生存者のためにも。また、中国に対して根拠のない偏見や差別を生まないためにも」

議長で進行(裁判長)役のジェフリー・ナイス卿

英国議会も追及

 最終判決を受け、これまで(ごく一部の例外を除いて)中国臓器狩り問題に対しては出足の鈍かった英国マスコミも、ようやく重い腰をあげた。まずは二十四時間ニュースチャンネルのスカイニュースが第一報を報じ、続いて、ガーディアンとテレグラフのデジタル版が報道。さらにはBBCワールドニュースやロイター通信が世界に向けて放送を開始した。

 メディアだけではない。民衆法廷を受け、英国議会もようやく動き始めた。
 実は今回の民衆法廷のお膝元、ロンドンのビッグベンこと英国議会でも、この人類史上未曾有の、そして現在進行形の国家犯罪に無意識であれ自国民が関与することのないよう、法改正を求めて政府への追及が始まっていた。
 第二回公聴会が開かれる前月の三月二十四日。質問に立った民主統一党のジム・シャノン議員は民衆法廷が第一回公聴会の終了後に出した中間報告(「(本法廷は)全会一致をもって、まったく疑いの余地なく、中国では強制臓器収奪が行われてきたことを確信する」)を踏まえ、責任放棄を決め込んでいる英国政府に対し、中国の悪逆な国家犯罪を黙過することなく「厳しい質問」を浴びせるよう悔恨と改心を促した。

 〈ロンドンからでも必要に応じて臓器を注文すれば、一カ月以内に移植手術を受けることができるという。我々は中国に渡航して、中国の宗教団体の受ける苦難に、たとえ無意識であれ関わるべきではない〉

同議員は続けて、すでに法整備を終えて中国への移植渡航を禁じたイタリア、スペイン等を引き合いに出し、英国はなぜ後に続かないのかと自国政府の無策を責めた。

〈多くの人々が中国で行われている強制臓器収奪の証拠を集め、分析し、判断を下している。集められた証拠に疑いの余地はなく、説得力がある。これは産業規模での人類に対する犯罪です〉 

 さらに現段階で、中共政府によるもっとも苛烈な弾圧の直下にあるウイグルの実態にも触れ、推定百五十万人が監禁されていると言われる「再教育施設」という名の強制収容所について、「第二次世界大戦時のナチス以来、史上最大規模の強制収容施設である」と表現した。

 

 煙の出ているピストル

 二十六日、英国政府を代表し、これに応じて答弁に立ったのは、英連邦省閣外大臣を兼務するマーク・フィールド外務大臣だった。 ──が、その答申の内容は右う顧こ左さ眄べんを極め、お世辞にも明快なものとは言い難い。

 〈シャノン議員のご指摘のように、キルガー、マタス、ガットマン三氏の「二〇一六年報告書」は貴重な情報源です。外務省の高官は最新の報告を丹念に精査し、中国の臓器移植制度に関する新たな重要な情報源と考えている。
 同報告書では中国での年間の移植件数、臓器提供者を実証することは極めて難しいと指摘している。同報告書はまったく正当に、中国の臓器移植制度に透明性が欠如していることに疑義を呈している。
 しかし同時に、犯行を証明する自明の証拠の欠如を認めています。著者たちは、疑惑を証明する犯罪の決定的証拠(「煙の出ているピストル」という表現を使った)がないために、仮定および厳格な調査技術に及ばない方法に頼らざるを得ませんでした〉

 英外相は、中国臓器狩り調査のパイオニアであり長年の調査者である三氏の功績を認めながらも、報告には決定的な証拠が欠けていると誹ひ毀きする。
 要するに、重要な資料だが惜しむらくは「煙の出ているピストル」がないので決定打にならない──と悔しがってみせることによって、英政府の関与を巧みに避けようとしているわけなのだ。 
 名指しされた三人は直ちに追加陳述書を作成。第二回公聴会二日目の四月七日、民衆法廷の席上で英議会への反はん駁ばくを試みた。

〈フィールド外相の答弁は我々の調査を歪ゆがめて説明したものです。「二〇一六年報告書」について「犯行を証明する自明の証拠の欠如を認めている」と大臣は言いましたが。このような記述は報告書の中にはまったくありません。我々はこのような言葉を一切使っていないし、同じ意味となる表現も存在しない。つまり、大臣は我々が言っていないことを我々の言葉として用いているのです。「二〇一六年報告書」の内容は、まったくその逆で、自明の証拠のみを使っている。我々が使用した数千の証拠にはすべて反論の余地はありません〉

追加陳述書はまた、「煙の出ているピストル」の用法についても敢然と異を唱える。

〈我々は「疑惑を証明する犯罪の決定的証拠、すなわち、煙の出ているピストルがない」とは書きました。が、一つの証拠ではなく、すべての証拠からこの結論に達した──ということが肝要なのです。
 これは読み手が推量しなければならない類の論点ではなく、明瞭に記述されています。(略)我々は一つの証拠の欠如に、帰結、仮定の立証を結びつけてはいません。フィールド大臣と彼の周りの英国政府高官だけが結びつけているかのようなのです〉

「煙の出ているピストル」とは、たとえば、臓器を抜き取られた囚人の血が付着したメスや臓器を抜き取られた後の囚人の遺体写真等のことだが、そんなものが残っているなら、苦労して十年間も調査を続ける必要などないだろう。メスも手術室も直ちに洗浄され、遺体は焼却されているのだから。

左から、デービッド・キルガー(カナダ人弁護士)、ジェニファー・ゼン(中国出身ジャーナリスト)、イーサン・ガットマン(アメリカ人ジャーナリスト)、エンバー・トフティ(ウイグル出身元医師)、デービッド・マタス(カナダ人弁護士)

証拠は山ほどある

 同じく七日の午後、第三セッションの「法廷」に登場した当事者の一人、デービッド・キルガーが証言台に立った。カナダの元国務大臣で長らく検察官も務めたキルガーは表面、沈着に見えながらも、その内心は憤怒で滾たぎっていたはずだ。内に秘めた怒りを吐き出すかのような言葉は、辛しん辣らつを極めた。

〈私は七年間大臣を務めていました。どのように政府の行政機関が働くか理解しています。一国の政府がこのおぞましい問題について実際に起こっていることを把握したなら、彼らは何らかの措置を取らねばなりません。
 つまり、この人道に反する犯罪、人類史上かつてない国家犯罪に対しては、「証拠がない」とすることが政府にとって一番簡単な対処方法なのです。(略)このことが起こっていることに疑念の余地はありません。それなのに、善意あると期待していた人々から「証拠が不十分」と言われることは非常に胸が痛みます。(略)「証拠が十分ではない」と言う人に「二〇一六年報告書を全部読みましたか?」と質せば、決まって「読んでいない」あるいは「序文だけ読んだ」という返事が返ってきます。ですから、私は大臣の発言を鵜呑みにしません。皆さんにも鵜呑みにしないことを期待します。
 ほぼ十年間、私は検察官を務めてきました。その経験から鑑みても、「報告書」には圧倒的な証拠があります。山ほどあります〉

 実際、英国議会はキルガー、マタス、ガットマン三氏の「二〇一六年報告書」を取り上げながらも、三人のうち誰とも接触を試みていなかった。つまりは、新たな証拠が出てきてほしくない、確かな証拠を受け入れたくない──というのが本音だろう。 民衆法廷の進行を司るジェフリー・ニース卿はここでキルガーに、「これほど重大な批判を陳述したフィールド大臣に対し、なぜ証拠を否定するに至ったか、その法的な根拠を本法廷が求めたら、大臣は応答する義務があると思うか?」と問いかけた。

〈もちろんです。しかし、彼の返事は聞かずともわかっている──「そうします」と言って、半年過ぎてもまったく反応なし、となるでしょう。ご存じの通り、我々は二〇〇六年からこの問題に取り組んでいるが、最初からずっとこの状態なのです。(略)初めて英国外務省を訪ねたのも二〇〇六年だった。しかし私の知る限り、それ以降、現在に至るまで厳格な調査が行われた形跡は一切ない〉
 
 さらにジェフリー卿は、「では、大臣を本法廷に呼んで、直接問いただしてみたらどうか?」とも訊いた。

 〈大臣は何としても出廷を避けるでしょう。自分が、怠慢、間抜け、無責任──に見えてしまうからです。七年間の大臣職と長年の国会議員としての経験から、フィールド外相は英外務省の中国担当者に言われた通りのことを言っているだけだというのがわかる。「大臣、議会では『証拠が決定的でない』と答えてください。そう言うのが一番無難です」──おそらく担当者からそう助言されたのです。「そう答えれば反論も起きないでしょう」と〉

 

あえて見ないふり

 すでに五十カ国近くをまわって、問題の深刻さを訴えてきたキルガーにとって、英国政府の反応は特に予想外のものではない。このようなやり取りは最早うんざりするほどの反復体験であったに違いない。──が、それでも彼は辛抱強く陳述を続けた。

〈そして現在の問題として注視されているのが、ウイグル人コミュニティーの大惨事です。現在このコミュニティーで起こっていることを考えただけで寒気がします。(略)ウイグル人コミュニティーで起こっていることは、本当におぞましいことです。法輪功コミュニティーで起こったパターンが繰り返されています〉

 深くうなずいたジェフリー卿は、「(「二〇一六年報告書」に関し)遺憾ながら読むもの聞くものすべてが、このおぞましい中国臓器移植産業の成長を示している」と率直な所感を述べた。そして同時に、「マタス氏、ガットマン氏とともに書かれたこの陳述書を、英国外務省の担当者が回覧できるよう取り計らう」と確約したのだった。
 続いて判事団の質疑が始まる。最初にマイクを握ったのは、国際犯罪法と人権法専門とする米国人弁護士、レジーナ・バウロスだった。

 〈相当規模の大量虐殺の疑惑、すなわち近年の人類史上いかなる国も手を染めたことがない最悪の残虐行為について、本日提出された陳述書では「不都合な真実」と表現されています。閣僚経験者として自身の判断から、英国政府や他の政府がこの問題に取り組もうとしない理由は経済的なものでしょうか? つまり、あえて見ないふりをしているのでしょうか?〉

  「その通りです。あえて見ないふりをしている──悲しいことですが、そう確信しています」
 キルガーは直ちに断言した。
 すでに十三年間、この問題の調査に人生の後半のほとんどを費やしてきた彼にとって、中国の医療虐殺──無実の囚人からの強制臓器収奪と巨大ビジネスとしての臓器売買は、自明の上にも自明な、既成事実以外の何物でもない。──にもかかわらず、世界ではまだほとんどの国民が目の前のこの事実に目を向けようとしていない。
 それというのも、先述のイタリアやスペイン、それから台湾、イスラエル……等、限られた少数の政府以外はこの中国の邪悪な臓器狩り犯罪に対し、非難声明も、自国民を違法な臓器移植渡航に加担しないよう求める法改正もなし得ていないからだ。各国の国民は、主に「経済的な」理由で中国の顔色をうかがう自国政府とメディアの不作為によって、ことの重大性──人類史上未曾有の、そして、現在進行形の国家犯罪──に無自覚なままにされているのである。そして、その典型がこの日本だ。
 はっきり言ってしまおう。
 およそ現代社会であってはならない中国の医療虐殺を許し、巨大産業にまで成長させてしまった最大の原因は、中国におもねってジャーナリズムの責任を放棄した各国の主要メディアにある。
 各国メディアが一斉に、大々的に報道を続ければ、それぞれの政府も行動を起こさざるを得ないからだ。二〇一六年、中国の医療虐殺に対して非難声明を出した米下院の外交調査と監査委員会は、「主流メディアがこれほどの重大犯罪を報じないことは、ジャーナリズムの歴史に対する冒瀆である」とまで言い切った。やってできないはずはない。
「証拠は山ほどある」──のだから。

 

 

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関連サイト

【Youtube】『中国 民衆法廷 最終裁定』ETAC制作映像(9分)

【Youtube】キルガー氏の証言映像(日本語字幕付き)

【ETAC】中国 民衆法廷への追加陳述書 (デービッド・マタス、イーサン・ガットマン、デービッド・キルガー) ※邦訳

中国での臓器移植濫用停止 ETAC国際ネットワーク(民衆法廷について)

中国の良心の囚人からの強制臓器収奪に関する民衆法廷の公式サイト(英語)