NPO日本医学ジャーナリスト協会会報 2018年4月 Vol.33 No.1 (通巻83号)にて、中国への“移植ツーリズム”禁止を―「良心の囚人」らから臓器を摘出 ―のコラムが掲載されました。

中国への“移植ツーリズム”禁止を―「良心の囚人」らから臓器を摘出―

 

Medical Journalist

NPO日本医学ジャーナリスト協会会報 2018年4月 Vol.33 No.1 (通巻83号)
発行:NPO日本医学ジャーナリスト協会 発行代表人:水巻中正

 

●コラム

中国への“移植ツーリズム”禁止を
―「良心の囚人」らから臓器を摘出 ―

日比野守男

 

「中国における臓器移植を考える会」=SMG(Stop Medical Genocide)ネットワーク=から2017年末、医学ジャーナリスト協会事務局を通じ、発足式の案内が届いた。式は18年1月23日、参議院会館で開かれた。関東地方は前日、4年ぶりの大雪に見舞われ、足元が悪いせいか、参加した協会員は筆者だけだった。

 

 中国では死刑囚に続き「良心の囚人」(言論や思想、宗教、人種などを理由に不当に逮捕された人々)からも本人の意思を無視して移植用の臓器が摘出され、政府高官やその身内、日本人など裕福な外国人患者に優先的に移植されている―との疑惑が以前から指摘されてきた。

 

 わが国では臓器提供に際して、本人の生前の意思表示を原則とするとともに、移植を受ける患者の順番が症状の重さに応じて厳密に決められる公的な登録システムが当たり前になっている。

 

 だが、それと正反対のおぞましい臓器移植が隣国の中国では継続的に行われ、現在も続いているとされる。これに歯止めをかけようというのがSMGネットワークだ。

 

 同会の代表を保守系外交評論家の加瀬英明氏が務めていることから、為にする中国批判との見方もあるが、これは違う。

 

 中国における臓器移植の実態を日本に最初に紹介したのは、元岡山大学教授の粟屋剛氏である。粟屋氏は思想的な右、左とは無関係の生命倫理の研究者である。

 

 最近はあまり会う機会がないが、年齢が近いこともあって以前から親しくし、何度も一献傾けた仲である。同氏は1990年代半ばから「中国における死刑囚からの臓器移植」の現地調査を行い、98年には米国連邦議会下院の公聴会で証言・意見陳述を行うほど、この問題に精通している。

 

 「現地調査の前は、尾ひれ背びれがついたオーバーな噂、と思っていた」が、「実際に行くと噂どころかそれ以上だった」と以前、著者に語ったことがある。

 

 同氏の調査をきっかけに中国の臓器移植問題は徐々に海外でも知られるようになったが、肝心の日本での動きは鈍かった。

 

 昨年から発起人会を何度も開いてようやくこぎつけた「考える会」の発足会には有志の国会議員、地方議員のほか、中国で反体制派とされ迫害されているキリスト教徒の一派、イスラム系のウイグル人など少数民族出身者ら合わせて約90人が参加した。

 

さらに招待客として、中国の移植問題を10年間、調査してきたカナダのデービッド・キルガー元アジア太平洋担当大臣とデービッド・マタス国際人権弁護士、イスラエルのジェイコブ・ラヴィー心臓移植医の3人も加わり、それぞれの立場から中国での臓器移植の実態について報告した。

 

 海外からのゲスト3人や「考える会」などの話を総合すると、最も懸念を生じさせるのは、中国が臓器提供者(ドナー)をどう確保しているかだ。中国は長い間秘匿していたが、05年には死刑囚からの臓器摘出を認め、15年には一応、死刑囚からの摘出の停止を宣言した。

 

 中国が世界一の“死刑大国”としても、年間の執行数は数千人。公式発表の年間1万件の移植を行うにはドナーが足らない。本当に死刑囚から摘出をやめたなら、さらに足らなくなるはずだ。

 

 マタス氏やキルガー氏の独自調査では実際の移植数は公式見解の数倍から10倍。06年には中国の病院に勤務していた女性の米国での証言から、法輪功の学習者からも臓器を摘出していたことが明らかになっている。

 

 これらを踏まえ両氏は「死刑囚のほか中国政府が危険と見なす法輪功学習者、ウイグル人、チベット人など『良心の囚人』からも臓器を摘出している」と断定している。

 

 中国は米国以上の移植大国なのに国際学術誌に移植関係の論文が載らないのはドナー情報を明らかにできないためと見られる。

 

 中国では臓器移植がすでに営利追及のビジネスになり、海外から富裕な患者が押し寄せている。国別では日本、韓国の順で多いとされる。

 

 一方、日本を含む65カ国が加盟する国際移植学会は08年5月「イスタンブール宣言」を採択。営利目的の“移植ツーリズム”を禁止、移植用臓器は自国で確保するよう求めている。「宣言」には法的拘束力はないが、08年から16年にかけてイスラエル、スペイン、台湾が法改正をし、臓器売買などが絡んだ不透明な渡航移植を禁止し、自国から中国への営利目的の“移植ツーリズム”を禁止した。

 

 世界で初めて中国への渡航移植を禁じる法改正を主導してきたイスラエルのラヴィー氏は「日本も中国への“移植ツーリズム”を法で禁止すべきだ。そうしないと中国の『良心の囚人』が次々と被害者になる」と訴えた。

 

 ところが中国への“移植ツーリズム”禁止について日本政府、国会は消極的だ。幸い「考える会」には多くの地方議員が参加、中国への渡航移植を法的に禁止するよう求めて活動を始めている。

 

 こうした動きに押され、埼玉県議会が17年10月、中国を念頭に「臓器移植ネットワークが構築されていない外国における移植は臓器売買等の懸念を生じさせ、人権上ゆゆしき問題」とした「臓器移植の環境整備を求める意見書」を可決、政府に対し対策を求めている。同年11月、名古屋市議会も同様の趣旨の意見書を可決した。両議会に先立ち青森県六戸町は既に14年3月、臓器移植目的の中国への渡航を禁止する法律の制定を求める意見書を可決している。発足式では、さらに全国に広げることが確認された。

 

 中国で移植を受けた患者が帰国後、国内の医療機関で受診拒否されるケースは少なくない。中国で腎臓移植を受けた静岡県内の男性患者の診療を浜松医大が「内規」に基づき拒否したケースでは、同大は患者から医師法違反で損害賠償請求訴訟を起こされたことが16年に明らかになった。

 

 厚労省・医事課によると、臓器売買で移植を受けた者についても医師には診療する応召義務があるという。このため日本移植学会はこうした渡航移植患者への対応には慎重だ。

 

 江川裕人理事長は「患者に対し“臓器移植法違反の疑いがあるので最寄りの警察に通報する”と伝える」としながらも「それに同意するなら診察せざるを得ない」と歯切れが悪い。

 

 厚労省は17年末、渡航移植のために支払った医療費について「海外療養費制度」を使い、一定額まで医療保険から払い戻すことを決め、健康保険組合などに通知した。これについて「保険適用が渡航移植を促進しかねない」との批判があるが①日本の臓器移植ネットワークへの登録②日本の主治医の紹介状の提出の義務付けなどの要件を定めていることから厚労省は「営利目的の“移植ツーリズム”で移植を受けた患者は除外できる」と話している。

 

(ひびの・もりお=ジャーナリスト、東京医療保健大学・大学院客員教授)