2020年6月16日 放送 とくダネ!「日本から中国へつないだ“命のバトン”」

 

とくダネ!

2020年6月16日

ナレーション 先週金曜日、中部国際空港に到着した旅客機。厳しい出入国制限の中、中国武漢からやってきたチャーター便だ。その機体はある女性を待っていた。医師たちに支えられ、駐機場にやってきたのは24歳の中国人女性。彼女の体からは白いチューブのようなものが数本延びていた。実は彼女は重い心臓病を患っているのだ。彼女がここにたどり着くまでには、懸命に命を守ってきた日本の医師たちの存在があった。新型コロナウイルス感染拡大に伴う混乱に翻弄されながらも、日本と中国の国境を越えてつないだ命のバトン。その軌跡を追った。

2017年11月。中国から愛知県内の電子機器メーカーに技能実習生として来日した女性。日本で充実した日々を送っていた矢先、突然の病が彼女を襲った。これは当時の彼女の心臓を写したエコー画面。

星野 これぐらいになるとほぼ左心室、心臓全体としてはもう止まっているのと同じような状態。補助循環の機械がないと即死んでしまうような状態まで転がるように悪くなっていった。

ナレーション 巨細胞性心筋炎とはきわめてまれな病気だ。ウイルスが心臓の筋肉に感染し、心臓のポンプの役割を果たす心室が働かなくなると、血液を循環させることができなくなり、突然、死に至る。彼女自身もわずか数日で容体が悪化し、命の危険が迫っていたのだ。

彼女を救うため、緊急手術が行われた。血液を循環させるため心臓に穴を開け、心臓と体外の補助人工心臓を管でつなぐというもの。彼女の命はこの4本の太い管と補助人工心臓でつながれているのだ。

中国人女性 (中国語)

中国人女性の母親 (中国語)

ナレーション 母親も中国から緊急来日。娘の変わりようにショックを隠せない。かろうじて一命はとりとめたものの、そこに壁が立ちはだかる。

星野 心臓移植をせずに助かるというのはほぼないというふうに理解していますね。

ナレーション 補助人工心臓はあくまでも一時しのぎ。この病気には心臓そのものを取り替える心臓移植が必要だったのだ。だが、日本ではドナーの数も少なく、外国人への移植の例がほとんどない。一刻を争う彼女にとって、心臓移植は現実的ではなかったという。

それでも、なんとか助けてあげたい。医師たちは動いた。

高味 それをどうしても帰してあげたいということで、領事館に一筆書いて、領事がすごく迅速に動いてくださって、アプローチしたらそういうふうにレスポンスしてくださって、そこから歯車が。そして、中国南方航空も動いてという。

ナレーション 母国中国で心臓移植を受ける。中国ならすぐにドナーも見つかるはず。総領事館に掛け合い、武漢市にある心臓外科の先進医療で有名な病院の受け入れも決定し、あとは帰国の日を待つだけとなった。しかし。

高味 引き受けるところがちょうど武漢だった。「さあ、行こうか」と言っていたときに武漢のコロナが爆発しましたので。

中国のニュースのアナウンサー (中国語)

ナレーション 武漢で新型コロナウイルスの感染者が急増。彼女が乗る予定だった中部国際空港からの定期便も直前で運休となり、中国へ帰る道は閉ざされた。

中国人女性 (中国語)

ナレーション さらにその後、日本でも感染が拡大。藤田医科大学病院も新型コロナウイルスの感染者を多数受け入れることに。

高味 一つ間違えれば院内感性がばっと広がって、彼女はステロイドを飲んでいるので感染してしまったら重症化しやすいので。

ナレーション 病院内は新型コロナウイルスの患者で逼迫。医師たちは院内感染のリスクとも戦わねばならなかった。

高味 補助人工心臓というものを5カ月も延長して回し続けることは、感染と血栓と出血という三つの怖い合併症がいつ起こってもおかしくない状況なので。

ナレーション この運命のいたずらに母は思わず。

中国人女性の母親 (中国語)

ナレーション だが、娘は決して諦めなかったという。

○○ 11月ぐらいは10メートルぐらいを歩くのがやっとだったんですけれども、ここ最近では大体200メートルぐらいは連続で歩けますので、大分体力がついてきたなというふうに感じます。

ナレーション そんな彼女の頑張りに応えるように、病院も50人以上の新型コロナウイルスの患者を受け入れながら、徹底的な管理によって院内感染をゼロに抑えた。

今年4月、武漢市が新型コロナウイルス感染防止のための都市封鎖を解除。医師たちは第2波の危険性なども考え、彼女を中国に帰国させるのはいましかないと判断した。総領事館などに再び日本に迎えに来てほしいと掛け合った。そして。

○○ もうちょっと、このへん、名古屋。ほら、もうここまで来た。ここが武漢だ。もういまここ。

中国人女性 これ、私の家。

○○ どこどこ? もうちょっと。あとたぶん1時間ぐらい。

ナレーション 今月12日、中国からチャーター機が中部国際空港に到着。彼女を迎えるためだけに日本に飛行機を飛ばしたのだ。

だが、医師たちはある不安を感じていた。

(CM)

ナレーション 中国からやってきたチャーター機。しかし、この到着の3日前、ある話し合いが行われていた。

○○ 本当になにが起きるか分からない。最悪、もうそのまま今回キャンセルで飛行機だけ帰ってもらうという可能性ももしかしたらどこかにあるのかもしれないです。

太田 どこまでも最悪を想定しないとということですね。

○○ 本当になにが起きるか分からない。

ナレーション 機内の電源で彼女の命をつないでいる補助人工心臓は動くのか。医師たちは多くの不安を抱えていた。そして、迎えた当日。

中国人女性の母親 (中国語)

ナレーション ようやくかなう帰国。彼女に笑顔が戻っていた。

○○ (中国語)

中国人女性 (中国語)

ナレーション 中部国際空港に到着した中国側の医師団がリモートで女性の健康状態をチェック。

中国人女性の母親 (中国語)

ナレーション 搬送車に乗り込み、いよいよ空港へと向かう。彼女を丁寧に抱き抱える医師たち。夢を持って日本に来てくれた彼女を必ず生きて本国へ帰す。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で時間はかかったが、ようやくここまでたどり着いた。

中国人女性の母親 (中国語)

ナレーション 振り返った女性は。いくつもの壁を乗り越え、日本から中国へつないだ命のバトン。

高味 ほっとしています。本当にたくさんの人が1人のためにここまでできるんだなと思って感動もしていますけど。いや、本当にほっとしています。

ナレーション 彼女は無事に到着できたのだろうか。

○○ 先生、武漢から連絡が来ました。

高味 声出る?

○○ 出ます、出ます。

中国人女性 (中国語)

ナレーション 満面の笑みでピースサインをする彼女。いま、中国の病室でドナーを待ち続けている。

小倉 この取材をずっと続けていたのは医療ジャーナリストの伊藤隼也さんです。中継がつながっています。伊藤さん、大変なことだったんですね。

伊藤 はい。僕、3カ月以上、ずっとこれを見守っていたんですけど、なんとか帰したいと思って日本の外務省とか、皆さん本当に協力してくれて、僕、日本の医療現場って底力があって、今回コロナで本当に大変だったんですけど、これ、本当に実現してよかったです、本当。

小倉 コロナの医療に与えた影響って、たとえばどういうところにあったんですか。

伊藤 実は、僕、さまざまな治療現場とかいろいろなところを本当にこの数カ月ずっとひたすら取材していたんですけれど、たとえば心臓外科の手術をするときに看護師さんのサージカルマスクがないという現場があったり、非常に皆さん苦労していて、日本の医療現場は本当に壊滅寸前だったんですけど、皆さんすごく頑張って。そんなことも、僕が最近宝島社から出した本にすごく詳しく書いたんですけど、ぜひ現実を、皆さん、本当にいろいろな意味で知ってほしいなと思っています。

小倉 日本国内においては、日本人でも臓器移植はまだハードルが高いのですが、それが日本にいる外国人が臓器移植ということになると、現状としては、隼也さん、どうなんですか。

伊藤 ほとんど不可能に近いと思います。

小倉 不可能、うん。

伊藤 実際、過去に数例だけあるのですが、日本の健康保険を持っている患者さんはできるんですが、実際問題、日本の臓器移植の待機者はいま1万4000人以上いるんですね。実際、そのうちの2%ぐらいの方が平均3年1カ月近くお待ちになっているということで、心臓移植だけではなくて、今回補助循環装置を使いましたよね。

小倉 はい。

伊藤 これは2個つけているケースはきわめて珍しくて、僕は1個だけしかつけていない方の外出のお手伝いなんてことも過去にやったことがあるんですけど、これ、本当に僕、自分自身でもびっくりして、やはりそういう現場の中でもほぼ奇跡に近いことではないかなと思って喜んでいます。

小倉 彼女を武漢に送り届けたということは、中国武漢のほうが移植手術がやりやすいということなんですか。

伊藤 やはり武漢は非常に移植の待機時間が短いんですね。それで、日本と違って数カ月待てば、残念ながら日本と違うという点はあるんですが、移植ができるという現実があります。

○○ 中国で彼女を診ている胡健行医師ですけれども、こんな言葉なんですね。中国での心臓移植待機期間は平均1カ月から2カ月。コロナの影響はあるかもしれませんけれども、血液型などから見ると早く見つかるのでは、ということで。伊藤さん、日本と臓器移植の事情は中国とは大分違うようですね。

伊藤 そうですね。本当に日本でもまだまだいろいろな取り組みが必要だと思っているのですが、実際問題、中国と比べると日本はそこに関しては残念ですが、いわゆる十分ではない環境ですね、本当に。

小倉 瑠麗さん、中国のドナーに対する考え方も進んでいるということですかね?

三浦 ある種の合理化なんでしょうね。その合理化を進めすぎると命に値段をつけるという話になって、やはり日本の医療従事者の倫理観からするとちょっと、というのもあるのかもしれませんが。ただ、一人でも多くの命を救うということも大事ですからね。

小倉 カズレーザー、どう?

カズレーザー いや、もともと心臓病に罹患する方の割合というのはあまり変わらないと思うんですけど、そこまでドナーの数に差がある根本的な理由はなんなんでしょうかね?

小倉 隼也さん、どうですか。

伊藤 やはり日本と制度が違うとか人口がすごく多いとか、さまざまな理由があるのですが、やはり移植に対する国の考え方そのものとか国民のいろいろな考え方が違うので、これは一概に比較はできないので、僕はこの日本の補助人工技術、これは藤田医科大学はすごいと思うんですよね。2個つけた人がこれだけ自由に動き回るというケースは本当に僕自身は驚きました。

小倉 これ、途中、バッテリーで動かしているんですかね? すごいと思うんですけど。

伊藤 はい、そのとおりです。

小倉 すごいですね。伊藤さん、どうもありがとうございました。